開放された自習室や日曜教室には、塾のない日も子供たちが集まってくる。
「塾に行きたい」「勉強がしたい」という自学習の習慣が身についた子どもたちの表情は実に生き生きとしている。
大阪府大東市のローラン教育学院には、子どもたちが自ら鉛筆を持ちたくなるアイディアにあふれた環境があった。
進学塾が淘汰される時代、子どもと保護者のこころをとらえるために何が必要なのか。
開塾35周年という長きにわたり、地域の厚い信頼を得ながら進化し続ける学習塾の施策を紹介する。
大阪府東部、人形浄瑠璃の「お染久松」や上方落語「野崎まいり」で知られる野崎観音・慈眼寺があるJR学研都市線野崎駅。その駅前、野崎観音へと続く参道商店街の入り口に「ローラン教育学院」はある。
5階建てビルの2階(4フロアーのうち3フロアーを使用)と3階の1フロアーが塾舎、周辺には関塾やがんばる学園など、大手塾の看板が目立つ。
「この地域ではゆっくりとした速度ですが、塾が淘汰されてきていますね。子どもたちや保護者様のニーズに柔軟に応えられないところにとっては厳しい時代だと思います」
穏やかな口調で語るのは塾長の木村知明さん。
大きな体格、柔和な目、相手を包み込むような表情と話し方が印象的である。
今から35年前、木村さんのお母様が経営する美容室の2階に、お茶やお花、着付け、英会話、習字、アートフラワー、料理なども教えるお父様経営のローラン文化教室を開設した。
数年後、名称を「ローラン文化学院」と変えて小・中学生を主体とした5教科の学習塾を取り入れ、塾部門は次第に拡張・独立する。お父様は住職でもあったため、木村さんも住職の道を選ぶかどうか、進路の選択を迫られる。
選びとったのは塾経営者の道。
学生の時から講師を務めてきたキャリアをもち、お父様から塾を引き継いで21年目になる。とはいえ、夏休みにはお父様を手伝って檀家回りもする。そのおかげで、人を見る目が養われ、相手が何を求めているかを考えながら、さまざまな年齢層の人と話ができる素地が身に付いたという。
現在の野崎に進出移転して16年になるが、
「もともと地域の方々のために、という寺子屋的な発想でスタートした塾です。トップ校に進学させることだけでなく、30~70点ぐらいの子どもたちを60~90点に引き上げることに重点を置いた、地域に根ざす学習塾。勉強だけでなく、多感な子どもの内面までケアできる目配りを大事にしたいというのが基本方針です」
と地域とともにの方針は変わらない。
現在、生徒数は160名。小・中・高を対象に、3・5・2の比率で中学生が一番多い(注1)。
生徒の学力や適正にあわせて一斉授業と個別指導、自立学習を組み合わせる。一斉授業も1クラス6名前後の少人数制なので、一人ひとりの表情を汲み取る目線は細やかだ。さらに無料メニューとして、毎日チューターが応じる質問受付、土曜日の演習トレーニング、定期テスト・受験前の日曜教室などを用意し、多角的なサポートにも力を入れる。
木村さんは一言で言うとアイディアマン。
教育面・経営面で役立つと思うことはまず試してみる。結果が出ると、すぐさま取り入れる。
ポイントカードの導入も、塾通いを楽しみにさせるツールの一つと言えるだろう。
子どもたちは授業と自習の2種類のポイントカードを持ち、通塾するとカードリーダーに通す。その度にポイントがつき、同時に保護者の携帯にメールが送信されるというもの。保護者にとっても子どもの通塾状況がわかる安心のシステムである。
体験入学への友達紹介で得られる「紹介ポイント」や、講習会参加の「ボーナスポイント」も設けられ、ポイント数によって、図書券やCD券、近所の文具店との提携によるオリジナル文具券と交換できる。
「怠けて欠席する子どもたちは減り、逆に自習室や、定期テスト・受験前に実施する日曜教室の利用者がグンと増えましたね。学校でカードが話題にのぼれば、教室を知っていただくきっかけにもなります。子どもたちの中でローランが話題となり、自然に人が集まって活気が出てくれれば嬉しいですね(笑)」
2年前から「今月のポイントランキング」をエレベーター横の壁に貼り出した。
来塾すれば目に飛び込んでくる大きな掲示物だ。
「当初は抵抗を感じたのですけど、来られた保護者様は必ず知り合いの名前を探されます。
A君やBさんも来ている、じゃあ安心だと。そんな見方をするのですね。授業と自習の2つのランキングを貼り出しているので、子どもたちも毎週自分の順位を楽しみにしています」
子どもたちにとっては通塾の楽しみとして、保護者には安心材料として、また塾の話題づくりとして、ポイントカードの付加価値を最大限に生かす術は、アイディアマンの木村さんならではだ。
昨年からスタートさせた新企画に、小学生向けの「文章教室」がある。
教科書をじっくり読み、その文章を書写させることにより、漢字を覚えながら作文力を鍛えるのが狙い。
その後、中3生に実施してみたところ、偏差値が目に見えてよくなったので、中1・2生や高校生にも土曜演習のトレーニングメニューのひとつとして、作文・小論文書写を実施している。
「どれだけの成果が上がるかは未知数。もう少しデータを集計してから、来年の新企画として導入できたらと考えています。この書写は高校入試の英作文対策にも活かせるでしょう」
新しい企画を実施するときは、まず塾生に1ヶ月間実践してもらい、保護者に状況の変化もヒアリングをする。
例えば、文章教室は「集中力が高まった」「字がきれいになった」と好評で、大ヒットした授業である。
今年の春休みから始まった新企画は「能力開発講座」だ。
小学6年生の場合、作文書写を5分間で125文字を正確に書き、次の10分では児童英検のリスニングテキストを聞き取る。10分ほどのプログラムを次々とこなしながら、頭を使うトレーニングだ。
その成果に早くも手応えを得て「楽しみだ」という木村さんは、さらに音感で英会話を覚える教材をヒントに、リズムに合わせて暗記したり漢字が覚えられたら面白いだろうと思いつく。教材を探していると、ラップのリズムに合わせた「音読」教材が見つかり、さっそく取り入れたいと計画中だ。
そんな新しい企画を練っている時が最も楽しいと、木村さんは目を細める。
精力的な情報収集をベースに、いろいろな角度からアイディアが湧き出てくるようだ。
講師の適材適所をモットーとする木村さんは、人材の使い方も実にうまい。
講師は20名で、そのうち専任は2名、アルバイト講師が18名(注2)。
それぞれ普段の指導や生徒とのやり取りから、攻めるタイプか、守るタイプかを見分ける。攻めるタイプは講義授業に向き、守るタイプなら1対1で質問に対応する個別指導が合っているという。
また、勤務年数や職務などによって、わかりやすいように講師のネームプレートの紐の色を変えている。
昨年までは1年目はグリーン、2年目がブルー、3年目をイエロー、専任はレッドとしていたが、今年新たに、生徒のカウンセリングを中心に担当するアシスタントスタッフのピンク、研修生のグレー、勤務4年になる講師のブラックが加わった。保護者の満足度をチェックする専門職も新設し、ニーズやクレームにいち早く対応できる体制を整えるという。
講師間では、伝達事項を確認する「授業10分前会議」、授業の質を高めるための研修を行う「月例会議」、模擬授業・教材研究や問題解決にあたる「非常勤会議」など、それぞれの会議を通じて、情報の共有とスキルアップを図っている。
ところで、生徒と講師との相性では、どうしても合わない場合も生じてくる。木村さん自身もかつて相性の合わない生徒の指導でムリを重ねて身体をこわし、担当を外れたときにはほっとしたという体験がある。
「生徒にはアンケートをとり、相性が合わないケースは担当を代えるようにしています。それが互いの意欲のためにも良策ではないかと」
毎日授業終了後に講師全員で教室の清掃をし、チームワークを高めているのもユニークな取り組み。清掃後は全員で授業報告会を行い、その日の指導方法を検討し、生徒の様子を確認する。
必要な場合は電話やメールで生徒のフォローも行う。
塾の取り組みやアンケート結果などを満載した情報誌『ローランニュースレター』の発行をはじめ、保護者との密なコミュニケーションにも抜かりはない。
授業では勉強に集中し、チャイムが鳴れば講師も生徒もおしゃべりを楽しむ休憩タイム。
そんなメリハリのきいた生活習慣づけによって、生徒の集中力は次第に高まっているという。
大量のプリントで復習や弱点を克服していく「Eトレ講座」では目に見えて成績がアップした子どもが続出。「成績優秀者ランキング」とともに貼り出される「成績アップランキング」も、生徒のモチベーションを高める一役を果たしている。
「例えば30点から60点に伸びると30点アップ。70点から80点に伸びた子どもよりも上位にランキングされるわけです。伸びれば伸びるほど嬉しいもので、成績の芳しくない子どもにも自然とやる気が生まれます」
モチベーションを高めるきっかけになればと、手書きのさまざまな計事物が壁面を覆っている。
生徒・講師・有名人の誕生日や、歴史的出来事を掲示する「今月のお誕生日」「今日は何の日?」。
クラブで優勝したとか、やさしい行いができたとか、勉強以外でも頑張っている人を讃える「トップ賞」「がんばったで賞」「やさしさ探し」。
それぞれの長所を認め合うことにより、子どもたちはきちんと見守られていることを認識し、自然と前向きな気質を身につけるようになる。
教育は日々耕していくなかで成長を見守っていく、いわば農業のようなものだと木村さんはいう。
ローランでは学習塾のほかに英語部門として、3歳から小学生までの「キッズ英会話」と「小学生対象の英語教室」も展開している。
「子どもたちと保護者様に喜んでもらえるように、ニーズに応える企画を仕掛けて、人の集まる場所を作りたい。喜んでもらえれば、それがまた繁栄にもつながっていくでしょう。子どもの内面に悪影響を及ぼしてまで事業を拡大したいとは思いませんが、別ブランドを立ち上げるといった、ローランとは全く異なる教育形態が可能なら、新しい展開にも挑戦したいですね」
大らかな笑顔を満面に、木村さんは事業拡大の構想についても意欲をみせた。
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※文章は読みやすいように文字装飾を施してありますが、内容については一切編集をしていません。
※木村塾長の言葉はこの色の文字で統一してあります。
注1・注2 : 数字は取材が行われた2007年当時のものです。現在の数字とは若干異なっています。